2008年11月22日 (土)

冬です(;^-^;) オーバーワークです

すっかり寒くなりましたねsnowwobbly

 病弱ママ、この冬は今のところ 信じられないくらい元気に暮らしていますconfident
毎年、秋以降は 風邪の連鎖で、よく点滴に通い 弱ってしまうのですがdown・・・・sign02

この春から、まだ仕事を1日しか休んでおりませんshine
奇跡ですlovely

おそらく、一言で・・・自分は働らく方が体によい性質なんだと思いますrun

 一人でいると、いろいろ考えてしまい、悩むとすぐ体に出てしまう性質です。
しかも苦手な家事に生きがいを待てず、
座って好きな事にばかりはまり込んでしまうので、
運動不足になり・・・・snail
なんだか自分から病気を呼び込んでしまうのかもしれません

そうじゃない人も沢山おられると思いますが、私は駄目駄目なんです。

 その証拠に、休みが続くと風邪気味になります
 働いてると、スタッフ&利用者さんと 思い切りしゃべって
悩んでる隙が無くなるし、
ほど良く立ったり座ったりで、いつのまにか1日に1万歩位歩いてるんですねrun

こうして強制的に心身が動くので、私には合っていると思うのです。

 もちろん、ある程度体力がついたからこそ可能なわけで、
1階分の階段を登って筋肉痛になってた”超病弱時代”なら ありえない仕事内容です。

 それにしても、
”ほどよく働く”というのは、本当に難しいですね;;

やっぱり、だんだん職場の雇い主の要求も増えてきます

始めは、「週に2日、9時半~3時半でよいから」が、
徐々に日にちも時間も増え、
今は「週に3日、9時~5時(実際は6時)」になっています。

 更に、介護に加えて、この先デスクワークも引き継いで欲しいと言われ・・・
今日は「出来れば常勤に、せめて週4日に出来ないか。」と・・・。

 こんな自分に、任せようと思って下さる人がいるというのは、
本当に嬉しいから、出来るなら期待に応えたい
のですが・・・
なにせ私は、少し前まで
”今日の夕飯が作れたら 充分幸せです!”と思って暮らす
お布団の国の人でした

いくら元気になってきたとはいえ、
限度を超えたら またつぶれてしまいます

だいたい 今までも、そうやってオーバーワークになった結果、
炎症、発熱、肺炎コースの連鎖に陥って 仕事を辞めてきました。

私の今の週3日の働き方がベストですし、限度です。
今でも、夜は疲れてうたた寝してます;;
だからすみません
毎日の人が欲しいなら、私の代わりに 他の方を採ってもらうしかありません」
と・・・これ以上無理が利かないことを伝えました。 

 今のスタッフさんはベストメンバーだし、上司も好きですnotes
だから、本心で言ってるわけでもないのですが・・・
人手不足&資金不足の 福祉の現場、難しいですね。

 ここで どれ位続けられるか分かりませんし、
今のように、病弱でドジで気弱な自分を理解して使ってくれる所が
この先現れないかもしれません。
体調も この先どうなるか分からないから、
流れにまかせるのみです。
だからこそ、”とにかく今目の前にある仕事や暮らしを、うんと楽しんでいよう”と思っています。

 そうそう、先日、職場の運営母体主催の講演会の演者で、
遠方からきてくださった尼僧の方が、
お茶を入れたお礼にスタッフのことを占ってくださいました

 その時に「あなたはちっとも弱い人なんかじゃないわよ。強いわよ
病気のことは出ていないわ。
 ちょうど物事を始めるのによい 今年からここで働いてるから、ここが合ってるのよ。
あなたここを辞めたら後9年悪いわよ。
次会う時は、あなたすごく元気になってるはず。」
 笑顔(*・∀・*)で教えてくださいました。

ほんまかいなsign02と半信半疑・・
でも他のスタッフの事があまりに的を得た内容だったので、
自己暗示にかけようと思っています。

「あなた元気になるって言われたでしょbleah」と
上司が仕事を増やしたがるのが 困りものですがね

| | コメント (10) | トラックバック (0)

2008年7月30日 (水)

カルタゲナー症候群の仲間に会いました    (*⌒ー⌒*)

 実は この初夏に 、私と同じ カルタゲナーの女性に会えましたhappy01sun

なかなか記事に出来なかったのは、書きたいことがあまりに多くて、忙しい中 下書き((^^ゞ;;;)が あまりに長くなり、それを本人さんに確認してもらおうと思ってるうち、文章が長くなり、収集がつかなくなってるからですcoldsweats01 ●さん、ごめんね;;

 そんな訳で、今回は書いていいかなと思う分のダイジェスト版を書きます(^ω^) 
そして、この後にまた 詳細を書き足していきますねconfident

ブログを介して知り合って、メールのやり取りをしていた(といっても、返事の超遅い亀メル友ですよ;;)中のお一人に、ものすごくご近所の方がおられました。(なんと車で15分足らず!)

 Bb ドキドキで出会った彼女は、それはもうお綺麗なshine 20代の奥様でした(*´ー`*)☆

今、こうして お仕事頑張れているのは、彼女との出会いのおかげも 少なからずあると思います。

 なぜって、それは彼女があまりに 元気にはつらつと働く女性だったからです。

これまで抱いていた「カルタゲナー症候群」と病名のつく人は、同じような悩み苦しみを持っているはずという思いは、彼女に会って見事に覆されました。

ものすごく、違ってたんですsign03私たち。

 彼女はトータルでとっても元気な印象でしたup
 でも、私には無いしんどい症状もあります。
起床数時間後の苦しみ(溜まった痰を排出するまでの)、
強い咳のために たまに起こる喀血です。大変だろうなと思いました。

一番の驚きは、まず彼女が 風邪をめったにひかない ということでした。バリバリ、毎日、けっこう運動量の多いお仕事も責任をもってされています。

体力も、中学から体育禁止になって 体力不足の私と違い、
高校まで部活で鍛えられたからか、身も心も 骨太なかんじ
(太ってないです;;モデルさんのようでしたよ☆)

 聞くほどに 症状も いろんなデータも違うんで、お互い驚く事が多かったですcatface
(だっから まとまらなくて;;;(^^A))

たくさん違いがあっても・・・・
同じ病気を持つ仲間と会えたのは、特殊な幸せな時間でしたheart04

明るく綺麗な笑顔の彼女と話すうち、理屈はわかりませんが
”私も頑張ろう。頑張りたい”って  思いました。

 体の状態が違うんだから、同じようには無理と思います。
それでも、私は ”これをしたら、炎症起こしちゃうんじゃないかな?;;”と 病気になる準備をする癖があるので・・・

「もっと気持ちで病気に負けないで、あんなふうに 生き生き動きたいなlovely」って・・モデルにしたいなと思いました(*・∀・*)
あと、やっぱり 体力つける為に ある程度は動いたほうがいいんだろうdash とも。

私のこれまで書いてきたことは、”私のケース”です ヽ(*・ω・*)ッ

「こんなに元気なカルタゲナーさんもいます☆」と
「同じ病気でも いろんな人がいるかもしれません」・・・と

ブログを見られる カルタゲナーさん達にも知らせたいなと思いました。

気管支拡張症と不妊のリスクがあることは共通していますが・・・
私より重い人、軽い人・・・症状の出方は人によって違うことも多いかもしれません。
(実際、私も二児の母です)

 

皆さんも いろんな生き方を謳歌してください(*^∀^)gheart02

| | コメント (9) | トラックバック (0)

2008年4月28日 (月)

カルタゲナー症候群の治療について

  以前、カルタゲナー症候群の治療について 質問をいただたのに、
時間がたってしまいましたm(__)msweat01すみません
 仕事を始めて、なかなか更新ができません。
でも不思議なほど元気でやっていますよhappy01scissors

 カルタゲナーの治療は、皆さんどうされているのか、まだ詳しくはわかりません。

だから他のカルタゲナーの方の書き込み、大歓迎です。
 ここに ご自分の治療内容を書き込んでくださったら
他の方にも何かのヒントになるかもしれません。

 

それでも、他の方とのやりとりでは 共通して使っている薬が多いように思いました。

やはり、気管支拡張症や(喘息も)慢性副鼻腔炎(私はかなり治りましたが、鼻水はよく出ます)の治療が主になっていると思います。症状や治療の個人差はあるとも思います。

 私の普段の薬は

  •  去痰剤のムコダイン

           成人常用量1500㎎(私は500㎎1錠×2回 計1000mg )

  •  去痰剤ムコソレート(以前はムコソルバン
       成人常用量45㎎(私は45㎎1錠×1回計45mg)

  •  気管支拡張剤のユニフィルLA     
      成人常用量4010~600mg (私は400mg1錠×1回 400mg)

 

  •   抗生剤 エリスロシン
       成人常用量600㎎(私は200㎎1錠×2回計400mg) 

  です。20084_011

このムコダイン・ムコソルバン、エリスロシン

は、よく飲まれているようです。

  

喘息予防の吸入は、フルタイド200アドエア500に変わりました・・・を吸入(1日1,2回)します。20084_013

今、さぼりがちですが、痰を出しやすくするための吸入(最初から、ビソルボン、ベネトリンが混ぜてあります)を本来は1日1,2回。(しんどい時は、パルミコートの吸入をします)

20079_116 炎症起きたな・・と思ったら、消炎鎮痛剤ソレルモンと胃薬アシノンを飲みます。

 

20079_117

軽い炎症なら抗生剤メイアクトフロモッコス

20079_118 きつい時、どうしても治したいときは、左からジェニナックスオードクラビット、ガチフロ、アベロックス等を飲みます。ニューキノロン系の抗生剤が多いです

薬で治まらないと、すぐに点滴を始めます。(炎症起こすと私は緑膿痰が沢山出ます。鼻水、胸痛、呼吸苦、微熱→高熱 倦怠感強いです。) 初めは消炎剤でスタートですが、治まらないと抗生剤イセパシン、エルパシン、だめならマキシビームを打ちます。

鼻が詰まったらフルナーゼを点鼻します。
(馬油を使うことも・・・私これで鼻が治ったような気がします。薬局で売ってます)

 この病気に対しての積極的な治療法は・・・
エリスロシンの長期少量投与療法くらいしか知りません。

 それでも、この薬を飲み続けるようになって、いつのまにか痰と

鼻水の量が、
格段に減ったと思います。
いつも喉元までゼコゼコ苦しく、話していても自分の耳に痰のゼゴゼゴゴロゴロいう音が聞こえていましたが、ずい分すっきりしたようです。

 そして、痰を出すための 毎日の吸入体位ドレナージ。 (体位ドレナージは
中3の時、大学病院で(慢性副鼻腔炎の手術の時に)勧められましたが、
この体勢や咳を続けるのがきついので続かず、習慣にはなりませんでした。)
  でも、連絡をくださったカルタゲナーの皆さんが、
これらをしっかり続けて、気管支の中をクリーンに保ち、炎症を防いでおられるのが解かり、
まだ習慣にはならないのですがbearing時々余裕がある時にしています。

仕事を始めてから、とにかくよく動くせいか、痰と鼻水の出がよくなり:::
人と話す途中に喉元がフガフガと苦しくなる頻度が増えましたcoldsweats01
これは困り者なんで、そうならなる前に、
少しでもそこから抜けられる時があれば、トイレや洗面所で思い切りまとめて出しています。(恥ずかしいけど、一声かけて抜けさせてもらいます)
ドレナージが苦手な分、”少しでも肺の中をきれいに”と、心がけるようになりました。

・・・と、上に書いたのは、 いずれも 一般的な呼吸器疾患(慢性気管支炎、気管支拡張症、喘息等)と共通する治療や対処方だと思います

もし、他にも新しい治療法や 

薬をご存知の方がいらしたら、コメントで教えてくださったら、助かりますshine  新しい情報でなくても、カルタゲナーの方の「私もこれ飲んでます。こうしています」の声だけでも・・・とても嬉しいですlovely 仲間がいると わかるだけでも 元気が湧く人も あるのですclover 私の主治医は呼吸器の専門家ではありません。エリスロシンも他のDr.から聞いてはじめたものです。 ただ、この先生は「肺の死んだ組織は戻らないけれど、残った肺の機能を上げることはできるはず。少々動いてこんなに脈が上がっていたら、すぐに疲れてしまう。 簡単に脈が上がらないよう無理ない運動で、基礎体力と肺機能を上げればいい。」と考えています。  私も納得して、1年~散歩を続けてきました。確かに、体力が格段に上がり、今の仕事に踏み出す自信も付きました。  デイの仕事で一日立ち働くので、新聞配達はクンPに任せ、散歩の回数は減りました。 でも、時々する散歩は競歩に変え、今では少しランニングも混ぜる事が出来るようになりました。   散歩と軽い体操(Tao)も、自分で出来る治療?・・努力です。 私の病気への対処法はこんな形です(´ー`)

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2008年3月26日 (水)

カルタゲナーの仲間と知り合って・・・ 少し希望がうまれました(*´ー`*)☆

いきなりの報告です。
病弱ママ 週に2~3日 お仕事に出ることになりましたhappy02

体力にはまだ自信がないので、いつまで続けられるか解からないし、役割も重く・・
自分がこれで・・・人のお世話が出来るのか
お話をいただいてから しばし迷っていたのですが・・・ 返事をしました。
駄目もとで デイサービスのお仕事に飛び込んできます。
 

カルタゲナ-の仲間の中に、働く人達がいた ことも、
決心をつけるきっかけになりました。

皆さん私より若い奥様達です。

幼少時からの状況に 沢山共通点があり、親近感を覚えましたhappy01

きちんと毎日の吸入と体位ドレナ-ジで、体のメンテナンスをして
私よりうんと上手に
病気と付き合って暮らされているように感じます。

 やはり 炎症や喘息様のような症状、喀血、血痰(私はこれはないです)が 時折おこり、
無理はきかないようです。 ・・・が、
悪い時は休みつつ、動いておられます。
 中には看護師さんや普段投薬のない方までおられて…!
私には驚きの明るい光になりました。

 それまで仕事をされていて、今は働いていない方もあります。
それは、体を休めながら、真剣にお子さんを迎える準備をされている方達です☆

 私の自然(?)な妊娠出産が、少しでも皆さんの希望になったことは意外な喜びです。

 同時に、自分も・・・このように 
自分が思うほど絶望的に体の弱い人ばかりではないことを知り、
病気の圧迫感が減りました。

 本当のところはわかりませんが 
“もしかして、不妊の可能性意外は、
カルタゲナ-症候群という病気は、
他の呼吸器疾患と同じようなレベルで 考えてもいいのかな…と、思い始めています。
 繊毛の異常が、他の呼吸器疾患の方に比べ、
どの程度症状に差を生むのでしょうか・・・think

 まだ、私より年配の 出産を経た方と 知り合えていないので、
先の見通しはまだ立ちません…、
(出産された方がいらしたら教えてほしいです。
若い方の希望になりますclover

他に、けっこう元気な方がいる。仲間がいる☆”とわかっただけでも
意義のある出会いでした。

今日はこれで 寝ますので お薬の方は後日 ここに書きますね。 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年3月18日 (火)

カルタゲナー症候群・病歴について(二人目の出産後・・・授乳編)

 今となってはなぜあんなに頑張ったのか不思議ですが…coldsweats01

 ユウP出産後、初乳をあげるあげないの攻がありましたwobbly
母性本能のなせる技ですcatface

 ユウPは 生まれてすぐからオッパイを美味しそうに飲んでくれてました。
母として1番動物的で濃密な幸せを感じる時間でした。

ところが、助産院での出産に失敗してすっかり消耗し、
運び込まれた先の救急病院の呼吸科の先生は、
「肺炎と喘息発作を起こしているので、
ステロイドの点滴をします。授乳はやめなさい。」と言うのでした。

 当時自然な出産に憧れ、桶川式の乳房手技も受けていた私。
母乳育児にもこだわりが強く、それは絶望そのものでしたshock
 免疫たっぷりの初乳を どうしてもユウPに飲ませたかったのです

 教えてもらったCRPの数値はクンPを産んだ時より低い気がしました。
クンPの時は投薬しながらも授乳ができていたのです。
他の先生に相談をするのは、とても後ろめたかったけれど、
急いで主治医に電話しましたcrying
優しい先生は 「それなら前回の事を説明してあげるから…」と
入院先に電話し、言いにくい話しをしてくださいました。

 もちろん入院先の主治医には難しい顔をされたんですが・・・^_^;
なんとか クンPの時と同じ抗生物質、トミロンと消炎剤のみで乗り切り、
ユウPに初乳をあげることができたのでした。

 そういえば、先に助産院にも電話して…
薬のせいで、授乳を中断する場合の知恵をもらいました。

「オッパイを3~4時間おきにおちょこ一杯搾ってごらん。
きつかったら5~6時間おいてもいいから。
毎日続けると…きっとその後また出るようになるから、今は治療に専念しなさい」
と。
 当時は、こうなった元凶の助産院を恨みましたが…
今となれば、 あの場所なりに精一杯私をサポートしてくれようとしていたのだと思えます。

 母乳育児。そのための食生活。
病弱ママの子供ゆえ、健康に育って欲しい・・・!
その思いから・・牛の乳より 人の乳だ☆
化学物質(添加物)は なるべくあげたくない

と、よい乳を出そうと涙ぐましい頑張りを見せた思い出が・・・くんPの時は特にあります。

●肉より魚。赤身より白身。
●洋食より和食。
●揚げる、炒める等・・・油は厳禁☆

(使うなら、ごま油やオリーブ油)
●焼く、蒸すが基本。

●玄米や ○分搗きを。(白米はカス)
●季節の野菜を
●体を冷やすより 暖める食べ物を

食材もグリーンコープ等で無添加の物を揃えました

ほんとに くんPの妊娠中~断乳までの2年半は 修行僧の食事のようでした。
お菓子もほとんど食べず、まさに修行☆

元気で薬も飲まなかったし、こんな食生活だったので・・・・
クンPは それはもう美味しそうに幸せな顔して飲んでましたheart04

今ですか?無理無理!!あの時我慢が多すぎて、燃え尽きました。
そのせいか、ものすごく食べ物への執着が強い母です(*^_^*)
特に甘いものに♪

 ユウPの時は、大変でした。

 肺炎 気管支炎の繰り返しで 薬をたくさん飲み、
(もちろん、いつも”母乳飲ませても大丈夫な薬を”とお願いしてましたが・・・
沢山飲ませちゃっただろうなぁ;;)
食事も、作れれば充分;;って状態だから おっぱいもまずかったんでしょうね。
フガフガ文句を言いながら 飲んでました。
乳首がかじられ続けて切れcoldsweats02、赤い母乳が出てました;;;
 生後5ヶ月で、私1ヶ月入院してしまったときも・・・
搾乳機で搾って冷凍パックを夫が義母に届け、
暖めて飲ませてもらってたんです。
ううう そこまでしなくてもよかったのかもしれませぬが・・・
とにかく母乳育児をやめたくなくてまっとうしたのでしたcoldsweats01

 ミルク育ちで元気な子もいます。(もちろん、アトピーの子もいます)
子供達、私に似て呼吸器弱いものの、まずまず元気☆
成果があったのかは わかりません(o^_^o)

 私がはまった出産や食事や育児の方法って・・・
ほんと個人の趣向というか、宗教のようなものだと思います。

とりあえず、やってみて 気が済みました。
がんばったなぁ というのが 自分の宝の思い出というかんじです。

 食生活、体にいいものは美味しいし 心にもいい。
お金がかかるし、あまりこだわると人間関係にもヒビがいくので、
今はほどほどに
自分の理想とつきあっていますhappy01

| | コメント (4) | トラックバック (1)

2008年3月10日 (月)

カルタゲナー症候群・病歴について(二人目の妊娠・出産編)

 私の大反省は…shock
自然出産にこだわったこと。助産院で産もうとしたことです。
(健康な妊婦さんには、この道もありだと思います。)

当時の日記を読みながら 書いてます。

 virgoユウPはクンPが2歳10ヶ月の時に生まれました。
クンPが母乳大好きだったので、1歳半まで飲ませ、それ以降に二人目を考えました。

クンPを生んで、とても体調が良くなった私は、
二人目を生んだら、もっと健康になり、もっと楽しい子育てが出来るはずと信じていました。

 
 嬉しい二人目の妊娠が判った頃にshine
友達二人から たまたま同じ助産院でとても充実した出産をした話を聞きました。
しかも内一人は病弱仲間です。

私も しっかり運動して、食事に気をつけて、
病院で“産まされる“ でない“自分で能動的に産む“出産に憧れましたheart01

当時の主治医は少し心配そうでしたが、
助産婦さんに、何度病気を説明して尋ねても
“どんな人でも、ひどい喘息の人でもここで産んでます。大丈夫☆”
と力強い返事をくれ、私も信じることにしました。

毎日散歩や拭き掃除に励み、
教わった通り体にも子供にもよい食事を作り、充実していましたsun20083b_009

                      三人で沖縄にも行きました→

ところが、妊娠9ヶ月の頃、
急に喘息症状がつよく出るようになりました
それまでは炎症時の痰でゼイゼイしても、
キュウっと苦しくなることはなかったんです。

 
 もし産後弱ったら クンPの面倒や外遊びも出来なくなるかも;;と
町立保育園への一時入所の手続きをしました。(これ、大正解)
大きなお腹と息切れで決められた散歩が少ししかできない日々が続きました。
「この体調で、本当にここで産めるんでしょうか?」と 不安を何度もぶつけると、

「大丈夫。何かあれば関係してる病院にすぐ移れるから。
そんなに心配なら、もっと運動しなさい。」と叱られました。
その後は傘をさしてでも毎日クンPと1、2時間毎日散歩しました。

ユウPのお産は過酷でしたcoldsweats02

 クンPの63時間には至らないものの、
もっとしんどい51時間でした。
それは同じ微弱陣痛でも、強い陣痛を呼ぶ為に、
ヘトヘトになりながらも動き続けたお産だったからです。

 初日 朝から陣痛が始まり、夜にやっと子宮口6㌢
まだ産む気満々
歴代の産褥日記を読み、ここで産むんだと決意しました。

 二日目 まだ駄目と家に帰され鍼灸院へ。
強い陣痛がきて助産院で 沢山階段を上り下り…。
夜にやっと8㌢開き、水中出産用のプールに入りました。
自分なりに頑張りましたが、だんだん陣痛が遠退いてしまい、
誰も見に来なくて…朝まですっかり水風呂になったプ-ルに一人浸かっていました。寒…;;
少しめげました。

三日目、眠ることなく 
そのまま強い陣痛に耐えながら歩く歩く…ヘロヘロでした。
ノートで見た"赤ちゃんが飛び出してくる"出産にはなりません。
院長から「あなたの10ヶ月のつけがまわってるのよ」と言われました。
自分なりに体力を限界まで使って努力してきたたつもりだったので、
それが足りなかったとなると・・・悲しかったです。

 ドライブをすすめられ夫と外へ。
なにせ8㌢開いてる状態で陣痛の波は次々来るので叫びながら「停めて~;;」と。
更にまた助産院を歩け歩け
とうとう階段が昇れなくなり、全開大にならないままいきんで産むことにトライ。
ダメ…へとへとになる。
また陣痛に耐えながら歩く歩く…またいきんでみる…
また歩く…ゼイゼイハアハア
朦朧として・・・
これ以上歩いたら、とても自分で産めなくなる…と
付き添ってくれた夫に「ごめん、もう駄目だ」
院長に「あきらめます。」と伝えました。
自分に負けた気がして 泣きましたweep
院長は責めることはなく、
でも連携した病院は先生不在で・・・
夫と救急病院に行くことになりました。

 前回断った陣痛促進剤を打つと、呆気ないほど短時間で子宮口が開きました
全開大の声を聞いてすぐに、残る力全てをふりしぼって産みました。
”産んでいいよ”となると速いんです・・私。
多分着いて2時間くらい・・・
あまりに呆気ない出産に、私は間違ったのか…と複雑でした。

 難産でしたが、思ってもみなかった女の子の誕生ribbonです20083b_010
(助産院では男と聞いていたので??)
私も夫も夫の両親も(男ばかりなんで)大喜びでした∩(⌒∀⌒)∩
過酷なお産に耐え生まれてきてくれた娘に感謝でした。

救急病院の産婦人科の女医さんはとても厳しいけれど ありがたい先生でした。
あなたは産むところを間違った!
助産院なんて考えられない!
あなたのような人の為に病院があるのよ。
ただでさえ抵抗力も弱いから感染も起こしやすいのに…
今回のことで寿命10年は縮めたわよ」
と叱られました。

今は、やっぱり病弱な人のお産は設備の整った病院がいいと思います
陣痛促進剤も自分には必要でした。
もしかして、あの消耗ぶりを思うと、始めから帝王切開にするべきだったのかとも思います。自分の限界や、後困ることが解っていれば、今なら決して選ばない方法でした。

 あのお産が全ての原因かどうかは解りませんが、
あれ以来私の体力は激減して、長く普通の子育てが出来なくなり、後悔しました。
(ようやく今、ゆっくり元気を取り戻しつつあります。
ユウPが小学校に入り、子育てはグッと楽になりました。)

夫の母は「あの助産院にあなたの体をめちゃめちゃにされた」と今でも言います。
私もそう思ってました。
 今は…半分は自分の選択に責任もあるし、
産み育てるにあたって大事なことを沢山教えてくれた感謝もあります。

 ただやっぱり、普通の人にとっても命がけの出産だから、
病弱な妊婦に「絶対大丈夫。どんな人でもここで…」は言うべきではないと思います。
そして助産院では”ここで産めないと恥”という空気を感じながらの出産であったので、
どうか無理な人には”あきらめる道もある。恥ではない”ことを知らせて欲しいです。

長くなりましたが、出産は女性の命がけの大仕事です。
そして、我が子との嬉しい初対面の大事な時間だから・・・
是非いい思い出にしてほしいですclover

 病弱な人にはくれぐれも無理をしないよう伝えたくて、書きました。
今ならきっとより安全な道があるはずです(*^-^*)

産後の闘病記はまた後に…soon

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年3月 6日 (木)

カルタゲナー症候群・病歴について(一人目の妊娠・出産編)

なぜか二度も書いた記事が保存できずに消えてしまい、遅くなりました(^_^;)

 同じカルタゲナーの患者さんと交流するうち、
呼吸器疾患の他に、
女性には 不妊妊娠出産に伴うリスがあることを強く意識しました。
(子宮外妊娠、妊娠中の薬の使用などの心配など)

私は不妊の知識がないままくんPの妊娠を迎えましたが、今の患者ママはそのことを知ってらっしゃいます。心配があるのはしんどいでしょうが、ちゃんと、体調や薬のことも考えて準備されてて 偉いと思います。

 私も妊娠、出産ともに時間がかかりましたが、
二人の子供を授かる事ができて、本当にラッキーだったのだと今になって感謝しています。

 自分の妊娠、出産時のことを、思い出しつつ書きます。

・・一人目の出産・・

【 不妊 】
 平成元年 22歳で結婚してから 2年間は、この地や仕事に慣れるので精一杯で子供が欲しいと思いませんでした。

 しょっちゅう発熱し入院もしつつ働いている時、職場の病院で診てくれてた呼吸器のDr.に

「子供が欲しいなら、この病気は体に負担がかかるから早く生んだほうがいいよ。
仕事も無理がきているから、まずは体を休めたほうがいい」
と言われ、就職2年後に退職しました。
  
 まずはラマーズ法で生みたかったので、それを取り入れている病院を探し、そこの呼吸器科の先生にかかりました。
 ここで、エリスロシンの長期療法を試してみないかと勧められ、半年のみ使用。(その間は子供は駄目と。その頃は元気で効果がわからず中止)
 結局またじっとできず、仕事を再開。今度は」医療事務と・・・保育園のお手伝いも掛け持ちしてしまって
(どちらもやりがいありましたよ☆)

・・・また微熱出しつつ働く生活(^ω^;) ・・・やはり子供も
できませんでした。
 両親も淋しそうだし、周りもしだいにお子さんは?の質問もしなくなり、
もしかして不妊治療が必要かな?とこの病院に受診した記憶があります。(治療はしなかったと思います)
体を休ませようと保育園の仕事を削りました。
一方であまり子供が出来ないのを焦ってもね・・
二人の生活もいいかなと開き直った頃 ・・・妊娠に気づきました。
結婚4年目でした。もう家族中が大喜び☆でした20083b_007
妊娠中
始め切迫流産と言われ、安静にしていて落ち着き、つわりは人並みにきつかったものの、
安定期に入ると元気で、仕事も臨月まで出来たし、
抗生物質のお世話にならずに済みました。普段はムコダイン、ムコソルバンを飲んでいたと思います。
 
産婦人科の先生はTVでも見かけるベテランの先生でしたが・・
カルタゲナーと知りつつも べつだん特別扱いはされませんでした。
お産
 気持ちの面では、先のリスクを知らないので、
悩みはなかったです。ただ無理をしました。
(子宮外妊娠の可能性があると知ってたら、さぞ悩んだでしょう)
 
 元々”自然”が好きな私は、
微弱陣痛なのに陣痛促進剤の弊害を心配して、点滴を拒んのです。
(二人とも)微弱陣痛、
・・・といっても微弱なのは初日だけ、あとは強い陣痛が延々続きます。
産むのは得意、「全開大」の声を聞き、「体力ないのですぐ産みます!」と、
これまた2人とも1時間かけずに産みました)
それにしても3日(63時間)は長かったです。
私もずいぶん弱りました。分娩台で夜明かし・・・付き合い続けた夫もヘトヘト。
”自分も生んだ気がした”と言っていました。
くんPもアプガー9と・・しんどかったのでしょうね。
出来るのにも会えるのにも長かったので
”やっと会えたね~”としみじみ嬉しかったです。
この後、癒着胎盤だとわかり・・痛い思い出もおまけに付きました。
【子育て】
 その後、肺炎ぎりぎり手前・・?という状態で、炎症はおこして体調悪いものの、なんとか母乳を続けられるように 投薬を考えてもらい治療。
みんなより退院が1週間だけ遅れました。20083b_006
 クンPは、3620グラムの大きな子。
母乳もよく飲み、よく泣く子でした。
 2時間おきにお腹を空かせて泣き、ゆっくり飲むので 夜の授乳は大変でした。
後追いがすごくて 下におけばワイワイ泣く子だったので 
片手にクンPを抱いて、片手でフライパンや掃除機を動かしてました。
クンを連れていろんなところ、人に会いに行っていました。

 よく、子供を生んで、元気になった話を聞きますが、
クンPの時がそうだったのだと思います。
彼のためによく動けて、充実していたと思います。
20083b_004b 20083b_007_2 キャンプへ
福岡ドームへ
お祭りへ
20083b_003b
今のクンP ・・・大きくなりましたupwardright身長17?cm。足のサイズは28cm!
牛のようにご飯を食べます。お腹が空けば自分でラーメン作って食べてます。
楽になりましたcatface

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年2月23日 (土)

カルタゲナー症候群・病歴について(独身時代編)

 わたしのこれまでについて 書いてみますhappy01 まず独身時代のものから(*' '*)

私の持病である 『カルタゲナー症候群』は・・・
内臓逆位・気管支拡張症・慢性副鼻腔炎を併せもつ人を指す病名です。
粘膜の繊毛運動に異常があるので、気管支に入り込んだウイルスも痰も出しにくく、炎症を起こしやすく、悪化しやすいのです。

生後すぐ肺炎で生死をさまよいました。 心臓が右・・・というか内蔵が左右反転していることは、小学校に入る前には レントゲンを見て、お医者様が”ん??!”と反応する事で意識はしていました。
・・・が、それ以上何も言われませんでした。 

 virgo小学生時代は、しょっちゅう高熱を出し、風邪で学校もよく休み、プールとか、ほとんど入れませんでした。かなりの量の痰がいつも喉の奥にあり、鼻水もすごくて、それを人前で出せないでよく目を白黒させていました。(家でガンガン出してました(´;ω;`)昔の私に「恥ずかしがるより、出しなさい☆鼻、かみなさい☆」と言ってやりたい・・)
 耳鼻科の治療もしなかったので、嗅覚を失いました。入学して買ってもらった消しゴムのいい匂いのかすかな記憶が最後で、その後は、アンモニアの実験でさえ平気なほど 匂いがわからなくなりました。
 耳は、今聞こえが悪いです。昨年高音部の難聴と言われました。長年鼻をかみ続けたせいかしら・・・

 とにかく田舎だったので、熱が出れば小さな診療所に行くくらいで、普通に育てられました。
そのおかげで、あまりいたわられることもなく、野山を駆け回って子供らしい遊びも沢山出来ました。体育は得意で、リレーの選手もやれていました。

 tennis中学でも、テニス(部)や、マラソンが好きでした。・・・が、1年生の後半から徐々に体力が落ち、走ると息切れするようになり、2年時に部活で無理をして肺炎を起こしました。 
 このときの入院から、慢性気管支炎、慢性副鼻腔炎(臭神経が死んでました)の病名が付き、通院に追われる日々が始まりました。田舎ゆえ、それぞれが違う町にあり、なにせ遠いので、なかなか大変でした。
 両親は、それまでのほったらかし(じゃないですよ)をかなり後悔し、都会の大病院を紹介される度によく連れて行ってくれました。沢山謝られました。

 体育はこの2年生、14歳を最後に禁止になりました。
3年生、15歳の時に慢性副鼻腔炎の手術のため 神戸市の大学病院に入院。
左右の手術、鼻中隔湾曲症の手術も併せて受けました。(最悪でした;;)
 このときに、気管支造影で気管支拡張症と確定。(気管支先端がビール瓶のような形でした)
 アイソトープを使って 繊毛運動の異常も確認されました。(動いてるんだけど、バラバラ;;;)カルタゲナーだからだったんでしょうね、いかにものものから、何の関係があるのよ?;;ってものまで、検査づくしの日々でした。教授回診では複雑(大勢で鼻の穴を珍しそうにのぞくのは勘弁;;)
「内臓逆転の人には、あなたのように呼吸器疾患を持つ人が多い」と、説明されました。

 bicycle近くの高校に、自転車登校。
修学旅行は中学(入院中)、高校(スキーなので、親も学校も心配して)行きませんでした。
よい先生、友達にも出会えましたが、地味な生活でした。
 通院回数は、神戸の大学病院への月一度の通院、隣町への日赤に2週に一度と、炎症おこした時の通院・・・くらいに減ったと思います。

 病気への閉塞感が強く、”ここにいては自分が駄目になる!”と思い切り、兵庫を出ることを決意☆
bullettrain愛知の大学に進学を決めました。両親はものすごく!!!心配しましたが、送り出し、見守ってくれました。

 昼働きながら 夜学ぶ夜学生の生活のスタートです。
日中のアルバイトの給料と、奨学金で生活し、学費は親に負担してもらいました。
 アルバイト(9-17時)、学校(18時代-21時代) ゼミやサークル(~23時)に追われる、一転ハードな生活。
その中でも、友達とよく飲み、しゃべる楽しい毎日でした。長いルームシェア生活で、孤独は感じませんでした。
 中型バイクの免許もとり、いろんなところに旅もできました。夫と会ったのはバイクの教習所です。(同じ学校)
 風邪もひき、2度入院もしましたが;;。(実習途中炎症で休んだのが残念;)
気力と若さで頑張りが効きいたんだと思います。 不調時以外、学校はほとんど休みませんでしたし、楽しい学生生活でした☆☆

この期間に、バイクの運転時や集中してものを見るときに視界が揺れるのが気になり、大きめの病院で調べて、『眼球震盪症』と診断されました。(遺伝のものとのこと)
そのときの眼科のDr.が真剣な顔で「あなたの病名はね、よく覚えておきなさいよ」と・・・・教えてくれたのが『カルタゲナー症候群』です。
生まれて20年たって、ようやく自分の病名を知りました。

 いろんなところに難はあるものの・・・なんというか慣れました。
この特徴をもちながら、どんな風に生きられるか 残りの人生も楽しむつもりですヽ(*・ω・*)ッ

 それでも、”知っていれば避けられた”ことが、これまでに沢山あったような気がします。
知らないから、悩まなくて済んだ こともありましたが(o^_^o))

 現在42歳、二児の母。
もしこの病気の、”この先こういうことがよく起こるから、こうしておいた方がよいよ”という留意点や
”自分はこうだった”経験を、どなたかお持ちでしたら・・・教えてもらえたら嬉しいです☆生きるヒントにします(・・*)。。oO

 

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2008年2月21日 (木)

カルタゲナーの仲間がみつかりました   (*´ー`*)☆

 このところ 本当に嬉しい出来事がありましたhappy01

 私と同じ『カルタゲナー症候群』のお子さんをもつお母さん、続いてご本人である女性が このブログを見つけてコメントをくださり、交流が始まったのですheart04

 パソコン初心者の私が 勇気を出してブログを開設した動機に
・・もしかして同じカルタゲナーの方と出会えるかも・・・とほんの少しの淡い希望cloverがありました。

 でも、大変珍しい病気なので(数万人?に一人)諦めていたんです。
他の人はどんな風に暮らしているのかな?症状は私と同じなのかなthink?と気になりつつも・・・

”自分は特別”と思っても辛いし、手立ても解からないので、
自分を普通の”気管支の弱い人”(。・ω・。)v と思うことにして 日常を送ってきました。

 

 だから・・・思いがけないこの出会いで、砂漠で日本人に出会ったような心境になれましたheart02
現在 、ブログとメールで”どんな症状ですか?” ”どんな薬を?」” ”悩みについて”・・・情報交換が始まっています。
 お医者様はいるものの、今まで 手探りで、自分で抱えて 自分なりに頑張ってきた人同士だから・・。

 でも、やっぱり お互い解からない事ばかりなんですね。(#^.^#)
私も その質問や悩みに有用な答えを伝えてあげたい、安心させてあげたいのに・・・自分の経験しか伝えられないもどかしさがありますweep
 自分自身も この先自分がどんな状態に向かっているのか、何に留意するべきなのか わからないでいます。

 もしも、カルタゲナー症候群
〔内臓逆位、気管支拡張症、慢性副鼻腔炎を併せ持っておられる方内臓逆位がなくても、粘膜の繊毛運動に異常がある方 〕
●ご本人やご家族の方、


●医師の方、
●医療関係者さん、学生さん、
 そのほかどなたでも

なにかご存知でしたら
新しい治療法や薬の情報薬の飲み方こんな方がいますよこんなふうに治療していますよ、 こんなふうに聞いたよ など・・

コメントをもらえたら嬉しいです(*・∀・*)
同じカルタゲナーの方も コメントを見て  情報を共有できるのでは・・ と思います。

 中には 知ったからこそ辛くなる事も有るかもしれませんが(;^_^ A
そこは ・・・・自分で判断します。

ブログ開設時と同じ・・・もしも見つけてくれたら・・という思いで、気長に待ってみます・・confident

 自分の今の症状や、病歴など これから書いていきます(*・ω・*)
思えば、そんなに詳しく自分の体のこと まとめて書いていなかったんですね(*^_^*

今回の交流をきっかけに あらためて これまでのことを 今振りかえっています・・・・お二人とも 声かけてくださってありがとうございましたheart04

 

 

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2007年11月19日 (月)

病弱ゆえの悩み②・・・仕事の依頼を 断る事

 私は、本当はいろいろ同時にするのが好きです。

 青春時代♪・・・夜間大学に通っていた頃は、フルタイムでアルバイトをし、週二回はボランティア、夕方から大学で学び、課外活動も複数所属して、夜はみんなで鍋やお酒でワイワイ・・・・ものすごくそんな生活が楽しかったです。バイクが欲しくて深夜のアルバイトも付け足して・・倒れたことも・・・(^з^)   ・・・入院や高熱でダウンも度々ありましたが、うそみたいに元気でした(*´ー`*)☆  ”忙しく、頑張ってる自分”が 好きでした。

 残念ながら、出産と年を重ねることで、持病は主役級に躍り出て、自分の生活は激変しました。 もちろん主役は私。負けたくないので、闘っています。これ書いたら 散歩に行くよヽ(*・ω・*)ッやることをするよ。

 ”その日のご飯を作るのが目標”という、肺炎の中の地獄の子育て生活(子供達にも気の毒な生活;)を抜け出し、ようやく普通のお母さんの暮らしに近づく事ができました。。。^^

 この生活を維持する秘訣は・・・体力作りと、規則正しい生活、そして多分”無理をしないこと” → ”あれこれ手を出さない事” =”頑張る事をシンプルにしぼる事”です。 そうしたくないけど・・・結局あれこれするたびに 倒れたり困ったりしてきたので、自分で制約を作るようになりました。

 昔は翌日倒れてもいい!・・・と好きなだけテニスをして熱を出したけれど、今は仕事があるし、子供達のご飯を作り、洗濯も・・・寝込むわけにはいかないから しない。(したら、やめられない性質だからしない)親になるとみんなきっとそう、したくない我慢も出来る。(仕事を始めてから、3.4年続けたビーズアクセ作りもきっぱりやめました)

 前ふりが長くなりました・・  実は先月、仕事の誘いがありました。そして、2度目の夢が破れたんです(。・_・。)

 1年半前に、お年寄りのデイサービスのお仕事が決まっていたのですが、就職直前に高熱が続き、「今回はやめましょう。次に施設が建ったらまた声をかけます。」と言われました。その・・・・・・・もう立ち消えになったと思っていた 老人福祉の施設から、再度「施設、出来たのよ☆」と 声がかかったのです。 すごく嬉しかったです♪大学のゼミも老人福祉、実習も全て老人対象でしたから。それに、電話をくれた方が、まだ私を必要としてくださっているのが ありがたかったです。

 でも・・・・・・・・いまこれを引き受けると、私の大好きなイロイロ生活が始まります

●今は闘病中のお義母さんの 一大事です。義父を乗せて病院に連日通うつもりです。私が風邪を引いたら、出来なくなります。免疫の落ちた母さんに、風邪は絶対にうつせません。

●気持ちを切り替えて始めた、夫のところの 知的障がいのある方のガイドヘルプ。週1.2回のみですが、決まった利用者さんには、私のほうがすっかり愛着湧いてしまって、離れたくありません。

●子供の習い事も週3~5回は送迎が要ります。

●学校の役員、行事もあります。 ●体作りの体操も行きます。

今の、この生活で私は精一杯。今で充分風邪をひいています・・・(´~`;)

200710_040_2 う~~~~~~~~~ん と 考えました。お年寄りに関わる仕事は、長年の夢。

一度諦めたのに、向こうから せっかくやってきてくれたのです(ーдー*))) 無理をして、チャレンジしてみようか・・・・

 結局、諦めました。イロイロ生活は、多分長続きしないでしょう。

電話で今の生活を説明したら、「無理ね。」「はい。本当に残念です。ありがとうございました!」

大人なのに、涙が落ちました。

今出来る、数少ない事・・・これを大事に頑張ります。

・・・いつか・・そう願うのは自由です(*´ー`*)

お年寄りのことは・・・心に留めていればいつか なにかの 縁もあるかもしれません。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年11月18日 (日)

病弱故の悩み①・・・病弱ママの子供も病弱?…( ̄~ ̄;)

200711_006 今年もこの季節風邪の連鎖ですw(*゚o゚*)w
親子に風邪の嵐が吹き荒れています・・・(>_<;) 
全国の呼吸器患者さん頑張りましょうね~(;^-^ノ)ノ!

 病弱ママの悩みは、やっぱり子供も病弱なこと(-”-;)
 
普段は、そうないんだけどね、この季節には
ものすごく責任感じます。

 他の子は大体熱が出たり吐いても1.2日休めばケロッと治りますよね。我が子らは、すぐ重症化して、長引きます・1W~10日はかかります(´~`;)昨年も11~12月はこうでした。私の呼吸器の弱さを受け継いでしまいました。

 10月はじめからクンP→・翌日には私→ユウPと・・・、また今度は逆コースで ユウP→私 →クンPと周ってます...ず~っと、我が家に響く咳・・・お友達も呼べないし、通院で変に忙しいし、私もきついと部屋は散らかるし・・・家族は仲良しなんだけど、外との交流が、この季節はパタッと途絶えてしまいます;;・・( = =) トオイメ  ハムスターのランちゃんだけが元気に走り回ってます 200711_047_7

 クンPは、週3回+日曜のバドミントン練習に出るのは無理・・・一度でかなり消耗します。沢山休むので、他のメンバーからまた大きく引き離されます。せっかくつけた筋肉も「も~う(´・ω・`)落ちちゃったよぅ」

 だから毎日の朝連(4キロ走)も、練習に出るためにずっと休んでます。窓から「みんな元気に やってるなあ」 と、隣の中学を淋しげに見てます。やりたいのに 出来ない・・・、悔しいね。

 咳&ゼイゼイが基本にある子供に・・運動させるか決めるの ホントに難しいです全部休むのはもちろん嫌だから・・・きつそうでも行きたがる息子と、悪化したらもっと出られなくなるよと私・・・小さく もめます(-”-;)エイヤッと出して成功、失敗五分五分・・・かな。B_2

 ユウPは、バドミントン効果で走るのが好きになりました。「今年は学校の持久走大会でベスト10に入るぞ☆」と張り切っていました。

 なのに、この風邪の嵐に巻き込まれ・・ずっと微熱やゲホゲホでマラソン練習や体育を休んでいます。頑張るのが好きな子だから、すごく 自分が 歯がゆいみたい・・

(その後のタイム計測の時に 2回とも5位になりました☆・・・でも 可哀想な結末でした;;)

 私の子供の頃も、元々が負けず嫌いで、体育も走るのも大好きだったから、数え切れないほど風邪で行事を駄目にしました。出来なかった思い出の方が多いから・・悔しい気持ちは解かりすぎるほどわかります(´・ω・`)

 私に似させてしまって 本当にごめんね・・・ (;^-^;) つい謝ると、二人とも「いいんだよ。お母さんのせいじゃないよ」と・・・逆になぐさめてくれる;;;

 今日はまた特別に ムチャクチャ寒いですね・・!病み上がりの我が子たちは バドミントンの練習に行きました・・・大丈夫かなあ 。

 珍しく仕事のキャンセル入り、休みにした夫が、療養中の義母の顔を見に行きました。子供も私も風邪だから・・・1人で(*^_^*)

 みんないないから、さっきからエイヤっと窓を開けて、掃除もしました。病魔退散 悪霊退散☆です。 私が持ち込まないように、朝の散歩、この頃暗くなってからさぼってたから・・・明るい間に頑張ろう ヾ(●`・ω・´●)ノ

あ、いいこともあるんですよ(*´ー`*)

 週末寝込んだ私を見て、クンPが自分から 夕飯作ってくれました。これがけっこう美味しい♪♪

初日・・・・・餃子と春雨の野菜スープ
二日目・・・ハム入り野菜サラダとお味噌汁・・・(サラダがメイン?)

「俺って、かなり いけてるやん☆お母さんのより旨い!」・・(T_T)

自画自賛してました。ほんと、助かりました(*'-'*)

→→案外 大丈夫でした(●^o^●) 練習の後は 夫もいるので4人でホカホカのモツ鍋☆☆

夜「なんか、三人とも元気になってきたやんp(^◇^)q」・・明日はクンP朝練、ユウP持久走頑張ってみようか♥♡(。→∀←。)♡♥

うん、この体でいくしかないいんだよね。生きてるんだから幸せ☆命に感謝。少々不便でも 充分よね。元気な時の 前向きな気持ちでいこう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年5月15日 (火)

つくし路100キロ徒歩の旅      ヽ(*・ω・*)ッ

 Photo_5   12日は「つくし路100km徒歩の旅」の電話受付の日でした

”ユウPをなんとしても出してやる”ために”、
ふらふらの母ちゃんは頑張りました☆
だって、中高生スタッフには、小学生時代の参加者しかなれないから。

 毎年人気のこのイベント、申し込みが殺到するのです。
 前回は家でらちがあかず、公衆電話からかけると繋がったので、
今年は外にスタンバイp(^◇^)q
朝10時スタート!すぐにNTTも携帯会社も「混み混みのお知らせ」に切り替わり・・・・公衆電話も同じか・・・;
ストーカーみたいに電話を交互にかけ続け40分後にようやく繋がりました。神様♪

 今年も気持ちの良い学生さんの声・・・・頑張ってくださいね、お世話になりますm(__)m
(後日、他のお母さんは昨年4時間、今年は2時間電話をかけ続けたと聞きました;;)

 クンPは ほんとにここで育ててもらったんです。
 
6年生の夏、初めて4泊5日の旅を歩ききり、
一言メッセージで「来年は中高生スタッフで出るぞ!!」と叫び、親を驚かせました。
人前で何かする、目立つのが苦手なおとなしいくんPが、ちょうど変わりかけている頃でした。

 中学生に入ると、いきなり学級委員に立候補し、ほんとにスタッフになりたいと言いました。「なかなか出られない日が多いんですが・・・」のお尋ねに、
スタッフの学生さんが「出られる日にしっかり頑張るなら是非!」と勧めてくださいました。

 大学生をはじめとして、中高生のボランティアスタッフも、研修を受ける事になっています。
それなら、母ちゃんも手伝うよと・・・
去年は何度も研修会場までの一日20~40キロの送迎を頑張ることになりました。

 スタッフ研修への参加は・・忙しい中学生にはきついです
(ううん、高大学生は更に大変なよう)

 昨年のクンPは、
学校以外に週3~5日のバドミントンの練習
+週3日の夜の
(1日山笠にも出ました)で、夜は連日フル稼働の上に、
土日のスタッフ研修に参加し続け・・・ほんとに過酷でした。

 7月には中体連の試合があるため練習が厳しくて・・・
特に土曜はバド→研修→塾とトリプルです。帰るとソファーに倒れこんでいました(xox)
「どれか休みなさい。」に「いや、全部(少しずつ削ってるから)なるべく出る。」と、
今までになく根性を見せて驚きました。
・・・・小学生の頃は友達とTVゲームするか寝てるかだったから(#^.^#)

 そうまでして行きたいスタッフ研修だったんです
迎えの時、時々見ていたから判ります(*・ω・*)、
今時の若者は・・・なんて言葉、ここでは失礼です。
みんなで良くなろう、成長しよう という思いで集まった、
プラス志向の強い中高大学生の学びの場です。実にいい空気です。 

 大きいお兄さんお姉さんに混じっての、ディスカッションや準備、声出しの経験は、かなり楽しくいい刺激になったようです。
 お迎えの私までたまに迎え入れていただいて
・・・若返りました(●´ω`●)ゞ楽しかったです☆
 そうです!特に昨年度の中高生スタッフの担当Sさんには、ほんとにお世話になりました。なかなかいない 優しくて強くて誠実で・・・愛らしい女性でした (✪ฺܫ✪ฺ)

 そして、団長さんが最高です。
大きな人です。みんなのお父さん、恩師です。

同世代なのに・・・言葉一つ一つが、おそらく御自分の経験に裏打ちされていると思います。本当の言葉です。自分にも厳しいんでしょうね。
 そして楽しそう♪・・・私も頑張んなきゃと何度も思いました。
彼の強いオーラの元、今年も沢山の学生が集まって、育っていくはずです。

 中学生になると、心のセンサーがものすごく感度よく、広がってるように感じます。
だから今、親以外の大人やいろんな人の価値観に触れて
いいところを自分で選んで取り入れてほしい・・・
行かせてよかったと、(まだまだ半開きですが)息子を見て思います(*^-^*)

 息子には、一つだけ条件が・・・団長さんも言われてるよね
「ここに来るせいで、勉強が出来ないなら、来るな」
 
ちゃんと、そこをクリアしてから 参加してね オネガィ゚+.゚(-ω-人)  
 あ、今年の参加の形は・・昨年はバド練習を削る事がありましたが、
今年はみっちり他のメンバーと同じ練習をこなし、
空いた時間のみ研修に行くと言っています。
去年のように出来ませんが、細くても続けたい”100キロ”のようです。

 さあ、今年はユウP,あなたの番よ☆ (ノ^д^)ノ゚ 
お待ちかねだったもんね!はじけておいで!8月が楽しみね(*⌒ー⌒*)


↓私の持病である
、「カルタゲナー症候群」の患者さんが、
この記事のコメント欄に多数書き込んでくださってます。

同病の患者さんコメント欄をのぞいてください。

カルタゲナー症候群」 に関する記事は、こちらにあります。

| | コメント (16) | トラックバック (0)