カルタゲナー症候群・病歴について(独身時代編)
わたしのこれまでについて 書いてみます
まず独身時代のものから(*' '*)
私の持病である 『カルタゲナー症候群』は・・・
内臓逆位・気管支拡張症・慢性副鼻腔炎を併せもつ人を指す病名です。
粘膜の繊毛運動に異常があるので、気管支に入り込んだウイルスも痰も出しにくく、炎症を起こしやすく、悪化しやすいのです。
生後すぐ、肺炎で生死をさまよいました。 心臓が右・・・というか内蔵が左右反転していることは、小学校に入る前には レントゲンを見て、お医者様が”ん??!”と反応する事で意識はしていました。
・・・が、それ以上何も言われませんでした。
小学生時代は、しょっちゅう高熱を出し、風邪で学校もよく休み、プールとか、ほとんど入れませんでした。かなりの量の痰がいつも喉の奥にあり、鼻水もすごくて、それを人前で出せないでよく目を白黒させていました。(家でガンガン出してました(´;ω;`)昔の私に「恥ずかしがるより、出しなさい☆鼻、かみなさい☆」と言ってやりたい・・)
耳鼻科の治療もしなかったので、嗅覚を失いました。入学して買ってもらった消しゴムのいい匂いのかすかな記憶が最後で、その後は、アンモニアの実験でさえ平気なほど 匂いがわからなくなりました。
耳は、今聞こえが悪いです。昨年高音部の難聴と言われました。長年鼻をかみ続けたせいかしら・・・
とにかく田舎だったので、熱が出れば小さな診療所に行くくらいで、普通に育てられました。
そのおかげで、あまりいたわられることもなく、野山を駆け回って子供らしい遊びも沢山出来ました。体育は得意で、リレーの選手もやれていました。
中学でも、テニス(部)や、マラソンが好きでした。・・・が、1年生の後半から徐々に体力が落ち、走ると息切れするようになり、2年時に部活で無理をして肺炎を起こしました。
このときの入院から、慢性気管支炎、慢性副鼻腔炎(臭神経が死んでました)の病名が付き、通院に追われる日々が始まりました。田舎ゆえ、それぞれが違う町にあり、なにせ遠いので、なかなか大変でした。
両親は、それまでのほったらかし(じゃないですよ)をかなり後悔し、都会の大病院を紹介される度によく連れて行ってくれました。沢山謝られました。
体育はこの2年生、14歳を最後に禁止になりました。
3年生、15歳の時に慢性副鼻腔炎の手術のため 神戸市の大学病院に入院。
左右の手術、鼻中隔湾曲症の手術も併せて受けました。(最悪でした;;)
このときに、気管支造影で気管支拡張症と確定。(気管支先端がビール瓶のような形でした)
アイソトープを使って 繊毛運動の異常も確認されました。(動いてるんだけど、バラバラ;;;)カルタゲナーだからだったんでしょうね、いかにものものから、何の関係があるのよ?;;ってものまで、検査づくしの日々でした。教授回診では複雑(大勢で鼻の穴を珍しそうにのぞくのは勘弁;;)
「内臓逆転の人には、あなたのように呼吸器疾患を持つ人が多い」と、説明されました。
近くの高校に、自転車登校。
修学旅行は中学(入院中)、高校(スキーなので、親も学校も心配して)行きませんでした。
よい先生、友達にも出会えましたが、地味な生活でした。
通院回数は、神戸の大学病院への月一度の通院、隣町への日赤に2週に一度と、炎症おこした時の通院・・・くらいに減ったと思います。
病気への閉塞感が強く、”ここにいては自分が駄目になる!”と思い切り、兵庫を出ることを決意☆
愛知の大学に進学を決めました。両親はものすごく!!!心配しましたが、送り出し、見守ってくれました。
昼働きながら 夜学ぶ夜学生の生活のスタートです。
日中のアルバイトの給料と、奨学金で生活し、学費は親に負担してもらいました。
アルバイト(9-17時)、学校(18時代-21時代) ゼミやサークル(~23時)に追われる、一転ハードな生活。
その中でも、友達とよく飲み、しゃべる楽しい毎日でした。長いルームシェア生活で、孤独は感じませんでした。
中型バイクの免許もとり、いろんなところに旅もできました。夫と会ったのはバイクの教習所です。(同じ学校)
風邪もひき、2度入院もしましたが;;。(実習途中炎症で休んだのが残念;)
気力と若さで頑張りが効きいたんだと思います。 不調時以外、学校はほとんど休みませんでしたし、楽しい学生生活でした☆☆
この期間に、バイクの運転時や集中してものを見るときに視界が揺れるのが気になり、大きめの病院で調べて、『眼球震盪症』と診断されました。(遺伝のものとのこと)
そのときの眼科のDr.が真剣な顔で「あなたの病名はね、よく覚えておきなさいよ」と・・・・教えてくれたのが『カルタゲナー症候群』です。
生まれて20年たって、ようやく自分の病名を知りました。
いろんなところに難はあるものの・・・なんというか慣れました。
この特徴をもちながら、どんな風に生きられるか 残りの人生も楽しむつもりですヽ(*・ω・*)ッ
それでも、”知っていれば避けられた”ことが、これまでに沢山あったような気がします。
(知らないから、悩まなくて済んだ こともありましたが(o^_^o))
現在42歳、二児の母。
もしこの病気の、”この先こういうことがよく起こるから、こうしておいた方がよいよ”という留意点や
”自分はこうだった”経験を、どなたかお持ちでしたら・・・教えてもらえたら嬉しいです☆生きるヒントにします(・・*)。。oO
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”命は光ってる”




























































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